November 19, 2008

泉州に行って・・・・・

先日、仕事で泉州に立ち寄った。
泉州と言っても大阪の泉州では在りません。
中国・福建省の泉州です。
泉州は世界最大を誇った貿易港だった事を知りました。
13世紀のイタリアの旅行家マルコ・ポーロは「東方見聞録」で泉州港のことにふれ、エジプトのアレクサンドリア港とならぶ、「世界最大を誇る二大貿易港のひとつ」と語っています。
この当時の泉州港は空前の大航海時代に入り、「海のシルクロード」の出発点として、世界107の国・地域と交易していたという。
泉州港が発展したのは背景には造船業の発展があり、泉州の造船技術はその時、世界最大の水準だったそうです。
1974年に泉州港で出土した宋代の貿易船が、開元寺の一角にあった。
古船陳列室に福船と呼ばれた古船が展示され、その造船技術の高さを証明している。
古船は2階にあがると、全容を見る事ができる。
帆とか甲板はなく、デッキから下の部分だけが展示され船の構造がよくわかる。
全長25m、幅10mという規模なのに、これでも中型の貨物船だというから驚く。
大型船となるとさぞかし壮観だろう。
船室は細かく区切られ、交易品や食料や水が保管されるとともに、事故にあっても簡単に沈没しない安全性を考慮した設計になっている。
一部が壊れても他の部分がカバーし大事にいたらない。
現代の飛行機の設計方法フェール・セーフ設計と同じだと聞いて驚いた。
また、船体は厚い板が4層に貼られ、世界の海を航海した堅牢さがうかがえる。
付属出土品として、香木・胡椒・古銭などが展示されているのも興味深い。
また、中国最古の造船基地が設けられ、沖縄とのつながりの深い福州・馬尾港もあります。
皆さんも一度、旅をされたらどうですか。

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April 04, 2008

石英て、なに・・・・・

石英は二酸化ケイ素が結晶してできた鉱物で六角柱状のきれいな自然結晶をなすことが多い。
結晶度が高い(大きな結晶であること)石英は水晶(rock crystal,クリスタル)と呼ばれ、古くは玻璃(はり)と呼ばれて珍重された。
主要な造岩鉱物は、花崗岩などの火成岩に多く含まれる。成分とする砂は珪砂(けいしゃ・けいさ)と呼ばれる。
石英は、装飾品(宝石)として用いられたり、占いの道具としても利用される事が多いが、石英は、QUARTZ(クオーツ)と呼ばれ電圧を加えると一定の周波数で規則正しくふるえるという性質があり、これを活かしたものがクオーツ時計である。
今日、水晶の圧電性は、水晶発信機として最も活用されており、時計が単に「クオーツ」(水晶の英名)としばしば呼ばれるのは、水晶発信機を利用した時計が最も多いかである。
なによりも、我々が販売しているジュエリーや数珠・腕輪念珠に使用されることも一般的であり、パワーストーンの分野としても有名である。
石英は非常に細かい結晶が緻密に固まっているものを玉髄という。不純物によっていろいろな色となり、紅玉髄、緑玉髄、瑪瑙、碧玉などと呼んで装飾品としている。
純粋な石英は無色で、微量成分として鉄などの金属が混ざったものは、紫色や黄色、黒色、ピンク色など、さまざまな色であらわれる。紫色の水晶をアメシストといい、アメシストに熱がゆっくり加わってできたのが黄水晶。
チタンを含むものはピンク色をしており、ローズクオーツと呼ばれる。
そのほかに、縞模様が特徴の瑪瑙、淡い緑色したクリソプレース、緑の中に赤い斑点が見えるプラッドストーン、暗い赤から黄色まで、さまざまな色をしめす碧玉などがある。
ただ、石英は砂埃(すなぼこり)のなかに含まれている。
砂は岩石が風化することにより生じるが、石英は風化に強く、砂は石英本体となる事が多い。
一般的に、砂漠・砂丘の砂は石英が主成分である事を知った。

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September 07, 2007

松山を訪ねてパート2・・・

前回、紹介しました司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」ゆかりの品々を紹介する「坂の上の雲ミュージアム」が平成19年4月28日に松山市にオープンしました。前に松山城の麓に変な建物が建っていると書きましたが、ほんとに二つの三角形を重ね合わせた建物で、上から見ると三角形をした総ガラス張りの建物だ。通りから見る城山の緑をさえぎらないような構造だそうだ。また建物西側のガラスカーテンウォールには城山の緑が映し出されています。
地下1階、地上4階建てのミュージアムは建築家 安藤忠雄先生による設計のもと、平成16年12月22日着工・平成18年11月30日に竣工しました。
松山城周辺の歴史や文化を意識して考えられました建物は、周囲の自然環境に配慮した外観と安藤先生がイメージする「坂の上の雲」を表現した空間になっています。「坂の上の雲」において司馬遼太郎は、正岡子規、秋山好古、真之兄弟の松山出身の三人の主人公を中心としながら、日本における近代国家の形成をおおきな時代の流れのなかでえがいた。坂の上の雲ミュージアムにおいては司馬作品のメッセージに耳をかたむけると同時に、過去から現代・未来に至る時の流れについて、それぞれの立場から思索を深める場として施設を創設されました。松山をより魅力的な町にする中核的な役割だそうだ。豊かな水と緑に彩られた町中をゆったりと散策でき、ゆっくりとくつろいだ至福の時間を満喫できれば町の魅力はさらにますと思う。さまざまな発見を楽しみながら松山を散策してみてはいかがですか。

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May 25, 2007

寺院彫刻についてパート2

今、寺院建築の彫刻図面・図柄を書いていますが、実在する動物の種類が多い事にきずきます。
前回書いた想像の動物である霊獣以外に、実在する動物が多く使われている事だ。虎・亀・象・兎・猿・栗鼠・犬・鹿・麝香猫・牛・羊・猪・鼠・蛇・馬・水牛・猫など、いずれも我々に馴染みのある動物である。
当然家畜やペットの意識でデザイン・彫刻されたものでないことは言うまでもない。
それぞれに何がしかの不思議な力をもったものと考えられていたはずです。
中でも一番多く使われているのは、十二支の動物ではないかと思います。
承知の通り十二支は方角を示すものであり、有名な社寺のその方角に配置されているものが多い。
十二支以外の動物では、栗鼠・鹿・水牛・麝香猫・猫などがある。
これらの動物が用いられた具体的な理由は明らかではないが、栗鼠は葡萄と共に多く用いられたデザインである。水牛は水墨画に良く見られるテーマである。
猫では、有名な「眠り猫」がある。一般的には、「不浄なものは鼠一匹通さない」ために番をしていると説明があるが、害をなす鼠がいないから寝ている、即ち、世を乱す者がいないとも取れるし、その裏側にある「雀」の彫刻との組み合わせで考えれば、雀にとっては危険な猫が寝ているので、雀は安心して暮らせるともとれるらしい。
何にせよ平和を象徴してると言う事だ。
最後に四季・松竹梅に猿の図柄を書いているが、「メデタイ」と言う意味で使われるのかと思えば違うらしい。猿の彫刻は「三猿」が有名です。中でも馬屋に猿の彫刻があるのは、古くより猿が馬の病気を治す、との信仰からのことである。
馬と猿との関係は、陰陽五行説によれば、猿が水であるところから、猿の彫刻が社殿に配置された理由には、火伏せの意味があったからです。これらを調べていると図柄を書く上で大変勉強になります。皆さんもご家庭のお仏壇の欄間を一度ゆっくりと見られてはどうですか。デザインだけではなく、テーマ・物語・何らかの意味合いがあると思います。

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February 26, 2007

寺院彫刻について

前回は、岸和田の「だんじりの彫刻について」書きましたが、今回は、寺院建築の彫刻について書きたいと思います。仕事の関係上、仏壇・仏具の販売だけじゃなく寺院建築関係・内装工事・建築金具などの他に、御寺院様の彫刻欄間の製作も数多くさせていただきます。今回もご縁があり日光東照宮の彫刻を参考にする御寺院様の仕事をさせて頂きます。先日、日光東照宮に行ってきましたが、何回行ってもすごいの一言です。この東照宮建築は、近年とみに建築史的・美術工芸品的に高い評価がなされ、一般にもその文化的価値が認識されてきている。東照宮の場合、本殿と拝殿を石の間で繋ぐ権現造の構造、主祭神である東照大権現(神としての徳川家康公)の本地仏・薬師如来を祀る本地堂、霊廟として特徴的な墓所である奥社などを中心した社殿構成に独自の宗教的意味付けがなされている。東照宮建築の最大の特徴は、諸社殿を飾る、夥しい数の霊獣や花鳥の彫刻郡であろう。恐らく、我が国において、これだけ多種・多様の彫刻が施された建築は他に例をみないと思う。そして、これらの彫刻郡もまた、極めて重要な宗教的・思想的意味を有している。今までも仕事をして行く上で、生きずまりを感じた時は、東照宮を参拝して参考にしてきました。
東照宮の指定建造物55棟の内、木造の建物は41棟あるが、彫刻が用いられているのは、本社(拝殿・石の間・本殿で1棟)を始め合計29棟(但し、回廊・透堀は各2棟)に上り、彫刻の総数は5173体にもおよんでいるといるそうです。東照宮の彫刻の種類は、大きく分けると人物(仙人)・天女・動物(想像の動物である霊獣を含む)・鳥類・植物・昆虫・魚類・自然現象(雲や水)その他(文様・文物など)がある。人物にも古代中国の聖賢や仙人、童子などが含まれるが、特定の人物(例えば孔子や舜帝のように)が主題になっているものと、特定の人物でないものとがある。それ以外に七福神などもみられる。
古来、鳥は神霊を運ぶものとされ、とりわけ古代中国では鶴が仙人の乗り物とされた。江戸場内に東照宮を勧請しょうとした時、2羽の鶴が舞い降りた。
これを見た将軍家光以下、日光山に祀られた東照大権現が、鶴に乗って降臨したと感激し「東照社縁起」にもその場面が描かれているのは有名です。これらを考え合わせれば、鶴が神の乗り物であるが故に、御祭神が使用され、通過される位置に配置されたことになる。拝殿正面の千鳥破風内に鶴の彫刻が用いられるのは、東照宮に限った事ではない。大崎八幡宮などにもあり、これは彫刻の配置としては、当時の一つの様式であったのかも知れない。鶴が用いられる理由は、神霊を運ぶものとの意識があったからでしょう。
皆さんも近くにある社寺仏閣の彫り物をもう一度見直して見てはどうですか。

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November 11, 2006

ずいき(瑞饋)神輿てなに

先日、北野天満宮を参拝した。北野天満宮と言えば学問の神様で有名だ。
豊臣秀吉公の北野大茶湯とか、出雲の阿国が初めて歌舞伎踊を演じたとか、  いろいろな記録がある。一条天皇の行幸を初めとして代々皇室の崇敬を受け、江戸時代には寺子屋の中心として菅原公の御分霊がお祀りされるなど、「天神様」として親しまれ、以来学問の神様として崇められてきた。
今回、お参りしていたら 「ずいき祭」と書いてあった。農耕の神のお祭りらしい。雨を降らす雷を古代人は天神として崇めた。秋のずいき祭は天神信仰のお姿とされる。ずいき(瑞饋)祭りは、御祭神・菅原道真公が配流先の大宰府で彫られた木造を随行の西ノ京の神人たちが持ち帰ってお祀りし、秋の収穫期に野菜や穀物、草花などを飾りつけてお供えしたのが起源とされるそうだ。その中に、ずいき(瑞饋)神輿とある。何だろう?
聞いてみると、ずいき(瑞饋)神輿は普通の神輿の形ではなく、神殿の形をしたものに農作物を飾り付けした立派なものである。ずいき神輿は、屋根を支えるタルキや、鳥居、高欄などは麦わらを竹べラでのばして編む。四隅の瓔珞は、トウガラシや赤ナスを。前方に突き出す支柱は真紅の千日紅で彩る。
歴史上の人物や、花鳥獣類の登場するが、材料のほとんどが農作物で作る。
びっくりするのは、最も目立つ屋根の部分で、赤ずいきが百本から百二十本、青ずいきが二百本以上は使われているらしい。大変な作業である。仏事の行事でも、ご先祖さまを送り迎えするために 農作物を使用してお飾を作るが、どれをとっても大変なご苦労だ。ずいき(瑞饋)祭は秋の、十月一日から四日間、数々の神事を繰り広げ、五日の后宴祭で幕を閉じるそうだ。来年は当日参拝したいものだ。

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August 04, 2006

漆とはどんな木・・・・・

仏壇屋でよく使用する「漆」、仏壇や仏具などさまざまな物に使用されている。
日ごろ仕事柄よく使用する漆だが、工芸品など高価な品に使用して 最近は新漆・カシュー・ウレタンなど 漆以外の物を使用する事が多くなってきた。もう一度「漆」についての必要性について考え直したいものだ。
まず「漆」とはどんな木か?
ウルシ科に属する植物は世界で600種程度ある。その内、樹液が塗料として使用できるもの、すなわち「うるし」の木は、日本をはじめ中国・ベトナム・タイ等の東南アジアにのみ生育しているが品質的には日本のものが最も優れている。漆の木は果実である種子は蝋分を含んでおり、これから採れる漆蝋は絵ロ―ソク、口紅、ポマードなどの化粧品、軟膏などの薬品類に使われているほか、研磨剤として羽二重などの艶出しには欠かせないものです。
材は耐湿性に富み腐り難いので、農耕材や刺網の浮木に使用される。心材は帯緑黄色を呈し、美麗なので床框・床脇・寄木などに好まれる。
樹液である「うるし」は光沢が優美なうえ、粘着力が強く、塗膜が強靭なので漆器・神仏具・型紙・金銀糸・建築建具等をはじめ幅広く使用されています。
「うるし」と一般の塗料とはどう違うのか・・・
漆は ”生きている”塗料である。一般の塗料が水分やシンナーなどの溶剤を蒸発させることによって乾燥するのとは全く異なり、漆は漆液に含まれているラッカーゼ(酸化酵素)の作用を受けて、主成分であるウルシオールが重合反応を繰り返すことによって乾燥する。
 このため、漆の乾燥にはラッカーゼの働きを良くするために適温と適湿が必要なのである。このように漆は自分の力だけで乾燥するため、強靭でしかも優美な塗膜が出来るのである。
ただ漆は幾らでも取れる物でもない。一本の木、樹周30糎(センチ)程度の木で、一本当たり採取量は187瓦(グラム)前後、一掻き当たりでは一瓦にもなりません。それほど「うるし」は貴重なものなのです。
この貴重な漆を使用した本漆塗仏壇や仏具をもっと広めていきたいものです。
大阪大仏堂では、この本漆塗仏壇他・品数多く展示しておりますので一度ご来店してみてください。本物の漆仏壇をご体験してみてください。

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April 20, 2006

刺繍って、何だろう?・・・・・

刺繍と文様織り編
先日、今から千年近くも昔、宋の時代の刺繍作品を見学することが出来た。
まず刺繍って何だろう。さまざまな色に染め上げた絹糸を使って、緞子や錦の生地に一針一針縫い刺したものが「刺繍」と呼ばれています。もうひとつは、絹織物の一種なのですが 織り方が特別なため、「緙糸」という特別な呼び名があります。刺繍には、衣服を縫う普通の木綿糸ではなく、光沢のある絹糸をさまざまな色に染め上げた刺繍糸が使われています。
だから、刺繍された文様は輝くばかりの光を放つのです。針と糸を使って、でたらめに布に針を刺すわけではありません。図案や技法がなければ、美しい文様を作り出すことはできません。「刺繍」は「繍」あるいは、「縫い取り」とも呼ばれました。
緙糸は「刻糸」、又は「克糸」と呼ばれます。(現在、日本にある古い「刻糸織」の作品には国宝・重文の文化財が多いです。)緙糸が一般の「通経通緯」(緯糸が横幅いっぱいに貫通している織り方)の絹織物よりも優れている点は、多様な文様を織り出すことができることです。でも、隣り合う二色の境目の部分は何本かの細い糸でつながれているだけなので、非常に脆弱(ぜいじゃく)だという欠点があります。緙糸を使って衣服を作ったとしても、きっとすぐ破れてしまうでしょうから、あまり実用的ではありません。
しかし、変化に富む文様や図案を織ろうとすると、大変な手間と時間がかかります。そのため、「緙糸」は非常に高価で、一般の人にはとても手の届かない贅沢品となり、あまり普及しませんでした。現実の生活における願望や欲求を具象化して作品上に表現し、それをお祝いの贈り物とすることで、生活と芸術を結合させているのです。題材も豊富になり、山水だけにとどまらず、よく取り上げられたものは、花や鳥、草や虫などでした。花や鳥、草や虫は、種類が多く、色彩が豊富というだけでなく、特徴がはっきりとしているので、恰好の題材となりました。孔雀の美しい華やかな羽は言うに及ばず、ちんまりした体に長い嘴をした翡翠(かわせみ)、長い脚に長い首の鶴、谷川の常連である白鷺、針の頭のように小さな蜜蜂。大きな羽をもった蝶など、それぞれはっきりした特徴があり、その特徴のある羽の色や姿かたちによって、これらの可愛らしい生き物たちを表現しました。椿、海棠、菊、牡丹などの花は、どれも花びらや花の形、それからどんな葉がついているかによって、画面に表現されているものがなんなのか、一目でわかります。そして、光沢のある刺繍と劃糸は生き物たちを鮮やか色彩豊かに表現することができます。面白いことに、それらは皆二つずつなのです。その上、富貴を表す牡丹、美しさを表す芙蓉、長寿を象徴する霊芝が加わり、夫婦仲むつまじく添い遂げ、幸福で円満な結婚生活でありますようにと願う最適の贈り物です。わたしたちの先祖がどんなに創造力に富んでいたかがわかって、先祖のことを誇りに思うでしょう。

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February 16, 2006

松山を訪ねて・・・・

先日、松山に行く用ができた。久々では無いが、余り街中を走る事も無い。
市内に入り松山城のふもとを通りかかった時に 変な建物が建っているのに気がついた。上から見ると三角形をした総ガラス張りの建物だ。以前はこんな建物は無かったと思う。弟に聞いてみると「坂の上の雲」記念館だそうだ。まだ開館はしていない。平成19年4月の開館予定だそうだ。「坂の上の雲」と言えば、司馬遼太郎だ。司馬遼太郎が亡くなってもう10年が過ぎる。この建物は、東大阪市の「司馬遼太郎記念館」と同じ建築家、安藤忠雄さんが手がけた建物で地上四階・地下一階建てで出来ている。松山は、「坂の上の雲」の三人の主人公である俳人の正岡子規と軍人の秋山好古・真之兄弟の出身地だった。
松山は、「坂の上の雲」を軸とした21世紀の町づくりをすすめていくらしい。
小説を読んで、日露戦争や戦争のいろいろな批判も聞くが、これからの歴史と未来を考える場になったらいいと思う。もし時間があれば松山に行ってみるのもいいですよ。

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December 22, 2005

線香の製造工場を訪ねて・・・

この日訪ねたのは淡路島の「薫寿堂」で、日本の伝統的な香りの文化をはるか昔から作ってきた工場です。香りを作るとはどういうことなのか、どんな人がどうやって作っているのか見当もつかないので、期待と不安の二つの気分で工場を訪ねました。そこでまず出会ったのが、なんとも言えぬ香りの世界で一挙に現実から異次元に吸い込まれた気分です。
まず線香を知るは線香を作るのが一番と、線香の体験実習をさせて頂きました。そして基礎知識からとお香の原料についてレクチャーを受けました。沈香、伽羅、白檀、この辺までは知っているなと思ったのだが、
伽羅は、梵語でTagara(多伽羅)の略で、「沈香の木質に樹脂が凝結して樹木が枯れていくうちに熟成されてできたもの」と聞かされて、伽羅と沈香は如何見分けるのか大変難しそうなので、そこで工場の方に、伽羅と沈香の違いを質問してみると次のように説明して頂いた。
「伽羅は、生成も材質も沈香と同じだが沈香よりも、さらにいわくこのがたい実しい香りがする。」と言う。
さらに、品質も以前は ① 緑油 ・ ② 紫油 ・ ③ 黒油 といったものもあったらしいが、今はほとんど入手困難と言う事だ。この辺が「香」の神秘かと思った。
安息香、竜脳、丁子、乳香、桂皮など、どれも東南アジアやアフリカで栽培あるいは産出するそうだが、入手困難なものも多いという。 それらの原料から人を魅了するお香を作るのだから、まさに香りの「匠」そのものだ。
最後に、工場を見学させて頂いて、お線香は職人さんが手作りしているものだと思っていましたが、今はほとんどハイテク技術で製造していたのには驚かされました。

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October 31, 2005

ガラス工房を訪ねて

先日、小樽市内の知人のガラス工房を訪ねた。
小樽の町も久しぶりだ。
知人の作品を見学しながら 工房を案内してもらった。
話が進むにつれ ガラス製品を知るには一度作品を作ってみるのが一番早いと言われ、作品を作ることにした。
吹きガラス体験は初めての経験だ。
一度やってみたいとは思っていたが、いざやってみるとむずかしそうだ。
君だけのオリジナル作品を制作しないかと言われ ラピス調(コバルト・ブルー)の空気の入ったグラスに挑戦してみた。
「炉の中は、形を作りやすいようにガラスの粘り気がなくならない温度になっています。」と説明された。
「吹きガラスは初めての人だと、形を作るのは無理ですね・・・・・」
と工房の人に言われたが、出来ないと言われたらどうしても完成させたいものだ。まず、金属の管で炉の中の溶けたガラスのかたまり(玉)をとり息を吹きながら形を作る。熱されたガラスの炉の温度は、1200度から1500度。
長い管の先端に玉を付けると これがけっこうな重さに・・・・・
工房の人のお手本通りに、一生けんめい息をはく。
初めは うまくいかなかったけど次第に コツをつかんで作品をなんとか完成させた。吹きガラスは制作過程や仕様でいくらでも、デザイン・色調・が変わっていく。幻想的なものや、中には色だけでなく空気の入ったもの、金箔の入ったものまである。吹きガラスがこんなに奥の深いものとは知らなかった。
出来上がった製作作品は当日は持ち帰りできないらしい。
出来上がった作品は、480度から600度まで下ってはいるが さましは
急激に温度を下げると割れてしまうので一昼夜をかけて、温度を下げていくそうだ。作品は、翌日 渡された。
最近は家具調の現代仏壇で、よくガラスの製品が展示されているのは今の時代にあっているのかと思う。今回の体験で、もっと面白い発想で新しい製品・デザインが出来てくるんじゃないかと思った。これは、ガラス製品だけでなく鋳物製品や陶器製品でも同じ事がいえると思う。
次は、陶器にも挑戦したいと思う。

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September 08, 2005

我が町の「だんじり」

先日、岸和田だんじり祭りの「試験曳き」を見ました。
「ソーリヤ!ソーリヤ!」という掛け声と共に巨大な「だんじり」が迫力満点に曲がり角を全速力で方向転換する「やりまわし」が決まると大歓声があがっていた。市街地は早くも祭り一色に染まっていた。
岸和田だんじり祭りは昨年生誕300年を迎えたらしいが、だんじりの由来は、平安時代の貞観11年(西暦869年)までさかのぼり徳川時代に各地に適した特色のある形のものが造られ、これを全て称して「だんじり」と言うらしい。
もともと、祭りは神事として執り行われ、世の平安と五穀豊穣を祝い、神様をもてなす行事として各町芸事を披露し祭りを祝っていた。初源の意義からみて、その本質は動く祭壇だと思う。
私は仕事上彫刻に関わる事がよくあるが、総ケヤキ造りの豪華な彫刻をほどこした「だんじり」はすばらしと思う。
「だんじり」 の彫り物は物語になっている。
 ○桶狭間の戦い
 ○姉川の合戦
 ○長篠の戦い(設楽ケ原の戦い)
 ○大阪夏の陣
 ○巴御前
 ○加藤清正
などが有名で、知らぬ間に見入ってしまう。
よく、あれだけ細かい彫刻をほどこした 「だんじり」が豪快に町を駆け抜けて壊れないものだ。
なんにしろ今日は、実際に目で見て肌で触れだんじり祭りの魅力を満喫した。

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